それでは我々はどのような方向性をたどるべきなのか。これは本上の結婚に

限らず、自分が好きなアイドルや俳優が結婚した場合のすべてに当てはまる

問題である。幸せを願うファンにとって、方向性の転換はたやすい。彼女の

活躍に制約が加わることを我慢すればいいのだ。結婚したからって、彼女が我々の

目の前からいなくなってしまうわけではない。実際本上は、今回の結婚の後

も女優業や文筆業を続けてゆくと明言している。問題は、少しディープに本上

を愛してしまった、失恋の境遇にあるファンの方向性である。実は私もこちらの

グループに属する。



 一般的に、そういったファンは一時的にがっくりしつつも、やがては新しい

崇拝対象を見つけて、悲劇をごく自然に克服する。なるほど、それはそれでいい。

あるアイドルに恋をして、そのアイドルの熱愛が発覚すると共に、その恋が冷める。

このようなサイクルを通じて、アイドルライフが充実してゆく。私もかつては

このようなサイクルに浸っていた。しかし、実はこのような一目ぼれ〜失恋

サイクルは、見境も無く人を信じて、最後は裏切られたという思いにとらわれ

て失望のうちに身を引くわけだから、始まりにおいても終わりにおいても、

何だかパッとしない姿勢であり、そのつど無益な姿勢なのである。例えば、

かつて女優の広末涼子がある男性と同棲していることが週刊誌に取り上げられた際、

某テレビ局が実施した街頭インタヴューへの回答に、次のようなものがあった。



「広末さんは、そのクリーンなイメージが魅力だったので、今回のような

スキャンダルがあると、ファンとしても醒めますね」



 このファンの意向に従えば、広末は永久に独身であり続けなければならない。

はっきり言ってこの回答者は彼女を勝手にクリーンだと思い込み、勝手に彼女

に裏切られたと思っている。年頃の女性が男と付き合うことの何が悪いのだろう。

このようなアイドル純潔主義は、アイドルを過度に神格化してしまう。過度に

神格化されたアイドルは、まさに人間であることを離れ、いつしか我々の手の

届かない、遠い存在になってしまう。だから、アイドルを見るとき、我々はアイ

ドルを日常的な視点で、平均的存在様態のもとで眺める必要があるのである。

そうでなければ、普通の人間ならば当たり前のように行うような一挙一頭足を

アイドルが行うと、その度に無益な失望が繰り返されることになる。



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