石田純一も裕木奈江も、もう一人付け加えればもはや「永遠に渦中の人」と
言ってもいい政治家の鈴木宗男も、確かに初めはそれぞれが爆弾発言や反感を
買うような演技、嫌気が差すぐらい多くの疑惑などによってキャリアに風穴を開けて
しまったかもしれないが、それ以上国民の反感を買うようなことは何もしていない。
石田や裕木は仕事を減らしたものの、それと正比例するようにメディアももはや彼
らを歯牙にもかけなくなったからまだいい。しかし、鈴木はブロードバンド時代に入
ってから初めてともいえるバッシングのターゲットであり、「ムネオハウス」と名づけられ
たアシッドハウスミュージックやその他ムネオを題材とした動画の中でいじりにいじら
れ、そうした音楽や動画はネット上で自由に鑑賞できる状態。本人も嘆いている
通り、人間の尊厳なんてこれっぽっちも顧慮されていない(もっとも、ネット上で
自分がどれほどひどくいじられているかを本人が把握しているかどうかは定かでは
ない)。しかし実を言えば、彼はまだいかなる嫌疑についてもその有罪が確定して
いない。確かに私も宗男は有罪になるだろうと思う。火の無いところに煙は立たな
いというし、今回の疑惑騒動は小火(ぼや)にしては煙が多過ぎるからだ。しかし、
最近は友人からメールで「宗男逮捕!万歳!」などと送られてくると、
ああ、此国の
恐るべく且つ醜き
議會の心理を知らずして
衆議院の建物を見上ぐる勿れ…(続く)
(与謝野晶子 歌集『舞ごろも』より『駄獣の群(だじゅうのむれ)』大5.5 初出
読売新聞 大4.12.12)
という歌も、何だか表面的な悪の存在を嘆いているに過ぎず、実は私たち大衆
が罪人に、否、罪人の疑いある人に、平たく言えば胡散臭い人々に対して無差
別に浴びせる十字砲火こそ、恐るべく且つ醜きものなのではないかとさえ思えてくる。