覚えてよ!私の名前の進化論
物語の構成上明らかにしておくが,私の下の名前は知行(ともゆき)という。「知って行く」
という意味であり,日本人にとっては比較的覚えやすい名前らしい。しかし私がいるのはドイツ。
この3ヶ月,現地人にこの名前を覚えさせるのに大変苦労してきた。ことの発端は昨年の5月に
さかのぼる。私はインターネットを通じてドイツの雑誌を定期購読することになった。その購読を
申し込む際,私は雑誌の受取人欄にしっかりとローマ字で「Tomoyuki」と書いたのだが,実際に
届いた冊子郵便の宛名は「Tamoyuki」となっており(第一音節の母音がoからaに変音している
のがわかる),何気に「笑って@@とも!」の名司会者を髣髴させる奇妙なものであった。しかし
この間違いはまだ可愛い方で,私も大して気にはせず,11ヶ月の間ずっと「タモユキ」として
雑誌を受け取っていた。
こちらへ来て間もない頃,私は初めて会う人に自己紹介をする際,次のような工夫をしていた。
まず彼らにとって「Tomoyuki」という4音節語はなじみが薄く,長すぎて覚えにくいだろうと思い,
私は自分のことを基本的に「Tomo」と名乗った。その方が彼らも覚えやすいだろうと思ったからで
ある。しかしそれが間違いの始まりであった。私の名前は彼らの国にもともと存在するポピュラーな
名前と結びつき,その形を次々と変えていった。ここではそれを箇条書きすることにしよう。
- Tom [読み:トム]
まず誰一人として私を「Tomo」とは呼ばなかった。最後の[o]の音 を
取ってしまうのである。Tom CruiseやTom Hanksと同じファーストネームで呼ばれるのは
嬉しいものだが,どうも自分のイメージに合わないように思えて仕方が無かった。
- Tomy [読み:トミー]
その後登場したのが語尾に-yのついた形である。Tomの頃はまだ
「Tomo」の省略されたものとみなすことができたので,そう呼ばれてもとっさに反応できたが,
Tomyという風に余分な文字が追加されたことによって「Tomo」の面影はほとんど無くなった。
- Tamo[読み:タモ]
これは「Tomo」から来た変化形で,初めにお話した「Tamoyuki」の
経験から予測はしていた。しかしどうしても「@ステ」の名司会者の名前が浮かんでしまい,
聞くに堪えなかった。
- Thomas [読み:トーマス]
もうこれは論外も論外である。「俺は何でも知っているぞ」という
素振りの人に限ってこの名で呼びかけてくる。私は「Tomoだ」と教えたのに,どういう連関で
それが「Thomas」に変わるのだろうか。親しげに私の肩に手が置かれ「Hi,Thomas!」と呼ばれた
時には正直「人違いです」と言いたくなる。こうしたことがしばらく続いたので私は彼らよりもむしろ
自分の方に責任があると思った。つまり「Tomo」と言う風にわざわざ略すことが逆効果だったの
ではと思い直したのである。そこで,こちらの人にとっては少し長めで,覚えづらいと思われる
「Tomoyuki」という本名をそのまま略さず使うことにしたのである。それからどうなったかというと
―結果はさんざんであった。
- Tamoyuki [読み:タモユキ]
もう勘弁して下さい。
- Tomoyuk [読み:トモユク]
語尾を取らないで下さい。
- Tomoyukt [読み:トモユクトゥ]
語尾を足さないで下さい。
そういうわけで,未だ私の名前はこちらの人には正確に伝わっていない。というより,もう
どうにでも好きな風に呼んでほしい。どの呼び名も第一音節と第二音節にそれぞれ子音の
[t]と[m]を含んでいるので,これからはそうしたすべての呼び名に共通の要素に着目することで
自分の名が呼ばれていることを確認しようと思う。
最後に,私が通うケルン大学の学生課が宛名書きの際にやってくれた最大の呼び名間違いをここに紹介しよう。
- Frau Tomoyuk ○○ (意味:Ms。Tomoyuk ○○)
〜正しい名前で呼ばれないことより,性別を間違えられることの方が悔しい。しかしこれもおいしいネタなので訂正申請はしていない。 「皆さん,子供に名前をつける際には,森鴎外に倣って国際的に覚えやすい名前にしましょうね。」(終)
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